2007年04月07日

開拓の恩人

 北海道は明治になり、本格的に開発の鍬が入った。その後札幌は近代的な都市へと変貌した。旧薩摩藩士である開拓史長官黒田清隆、「少年よ大志を抱け」で有名な札幌農学校のクラーク教頭がその先駆者として有名であるが、札幌市円山の北海道神宮に行くと、開拓神社に有名・無名37人の恩人が祭られている。
 回りくどい導入になったが、北海道の開拓から少し遅れて、開拓に入ったこの西那須野地区の恩人、印南丈作、矢板武らの墓前祭が今年も本日行われた。地域の顕彰会主催であるが、行政の関係者、地元の子供達も参列した式典が松林の緑の下、小鳥の鳴き声が賑やかな自然の元で行われた。
 今、栃木県内でも、有数の発展を遂げる西那須野地区。明治の時代。北海道のように、国から全面的な支援を受けず、地元の力によって、後世の繁栄を勝ち得たこの土地。陰で墓前祭の式典を見ながらご苦労をされた開拓の先達に深く頭が下がった。

tokiwagaoka.JPG

西那須野の情報ウェブ そすいネット
http://www.sosui.net/index.htm





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