2008年02月21日

ここまで予想したかな?三島通庸さん

 先日発行になった三島コミュニティの地図。西三島に続いて建築中の東三島公民館ものっている。
 現在、公民館周辺では住宅分譲地、賃貸マンションの建築ラッシュ。地元の不動産屋さんに聞くと、碁盤の目状に道路が整備されている三島地内(「三島ごばんの目」と呼ばれている。「栃木県土木遺産」として栃木市の県庁堀と一緒に登録されている。)の人気が抜群に高いのだそうだ。
 ものの本によると、碁盤の目状の道路は、奈良、京都の条里制の路、近代の北海道を除くと、極めて珍しいそうだ。
 栃木県令 三島通庸さんが三島農場を開くとき、農地を一区画60間x50間=3000坪=1町歩=1haとして大八車のすれ違える約2間幅の道路で縦横区切ったという。(地図の緑で囲んだ区域)
 今かつての農地がどんどん宅地に変わっている。区画整理されたような土地。三島さんは120年後に農地がこのように住宅地に変貌すると予想したのだろうか。
 偉大な住宅地デベロッパー 三島通庸さん。

三島コミュニティマップ


西那須野の情報ウェブ そすいネット
http://www.sosui.net/index.htm

posted by 住むなら西那須 at 17:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
三島通庸が土木県令と称されるに到った、最初の事業が現宮崎県都城市庄内村の再開発です。上記HPにて彼の足跡をたどっております。よろしかったらアクセスしてください。ちなみに庄内町にも「三島通り」があります。
Posted by 前田光政 at 2012年11月17日 15:43
三島通庸に関するホームページアドレスは、http://blogs.yahoo.co.jp/misuzugawa/65957503.htmlです。彼は典型的な薩摩隼人です。すなわちー「上下関係に厳しく,年長者の影響力が強い体育会系気質。利害を省みない潔さと,勇猛果敢さを兼ね備え,質実剛健を旨とする。理屈を言わず即実行に移す行動力のある者」ー。毀誉褒貶のはげしい人物ではありますが、あのエネルギーで明治国家を引っ張っていったのですね。
Posted by 前田光政 at 2012年11月17日 15:50
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